<?xml version="1.0"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xml:lang="ja">
		<id>http://35.81.54.121/mediawiki/index.php?action=history&amp;feed=atom&amp;title=%E8%AA%8D%E8%AD%98</id>
		<title>認識 - 変更履歴</title>
		<link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://35.81.54.121/mediawiki/index.php?action=history&amp;feed=atom&amp;title=%E8%AA%8D%E8%AD%98"/>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://35.81.54.121/mediawiki/index.php?title=%E8%AA%8D%E8%AD%98&amp;action=history"/>
		<updated>2026-04-13T06:05:59Z</updated>
		<subtitle>このウィキのこのページに関する変更履歴</subtitle>
		<generator>MediaWiki 1.25.1</generator>

	<entry>
		<id>http://35.81.54.121/mediawiki/index.php?title=%E8%AA%8D%E8%AD%98&amp;diff=381428&amp;oldid=prev</id>
		<title>田舎の西北: ページの作成:「{{出典の明記|date=2019年10月}}  {{読み仮名|'''認識'''|にんしき}}は基本的には哲学の概念で、主体あるいは主観が対...」</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://35.81.54.121/mediawiki/index.php?title=%E8%AA%8D%E8%AD%98&amp;diff=381428&amp;oldid=prev"/>
				<updated>2020-01-15T02:07:55Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ページの作成:「{{出典の明記|date=2019年10月}}  {{読み仮名|&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;認識&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;|にんしき}}は基本的には&lt;a href=&quot;/wiki/%E5%93%B2%E5%AD%A6&quot; title=&quot;哲学&quot;&gt;哲学&lt;/a&gt;の&lt;a href=&quot;/wiki/%E6%A6%82%E5%BF%B5&quot; title=&quot;概念&quot;&gt;概念&lt;/a&gt;で、&lt;a href=&quot;/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%BB%E4%BD%93&amp;amp;action=edit&amp;amp;redlink=1&quot; class=&quot;new&quot; title=&quot;主体 (存在しないページ)&quot;&gt;主体&lt;/a&gt;あるいは&lt;a href=&quot;/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%BB%E8%A6%B3&amp;amp;action=edit&amp;amp;redlink=1&quot; class=&quot;new&quot; title=&quot;主観 (存在しないページ)&quot;&gt;主観&lt;/a&gt;が対...」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;{{出典の明記|date=2019年10月}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{読み仮名|'''認識'''|にんしき}}は基本的には[[哲学]]の[[概念]]で、[[主体]]あるいは[[主観]]が[[対象]]を明確に把握することを言う。[[知識]]とほぼ同義の語であるが、日常語の知識と区別され、知識は主に認識によって得られた「成果」を意味するが、認識は成果のみならず、対象を把握するに至る「[[作用]]」を含む概念である&amp;lt;ref&amp;gt;『岩波哲学小事典』&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 哲学における認識 ==&lt;br /&gt;
認識は、伝統的には、大きく経験的認識と理性的認識に分けられ、さらにその論者の哲学体系により異なる部分もあるが、おおむね、直観的認識、感性的認識、理性的認識、知性的認識などがあるとされる。それぞれの認識の成立には、[[感性]]、[[直観]]、[[理性]]、そして[[知性]]ないし[[悟性]]などの主観あるいは精神の機能が働くとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
認識についての哲学における研究分野が[[認識論]]である。認識の起源、認識の本質、真理論などで様々な解釈がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 心理学における認識 ==&lt;br /&gt;
[[科学]]としての[[心理学]]においても、'''認識'''（'''Cognition'''）という概念・用語が使用される。心理学の場合、科学であるため、基本的に外界の[[素朴実在論]]を前提としており、このため、哲学における認識とは異なる定義や概念となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
心理学で、またその他の関連分野で使用される「Cognition」という言葉・概念は、場合によって「'''[[認知]]'''」という訳語が相応しい場合がある。[[:en:Cognitive science]] などは、認識科学ではなく、[[認知科学]]である。また、[[:en:Cognitive psychology]] は心理学の分野のひとつであるが、これは[[認知心理学]]という。認識心理学とは言わない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 心理学での認識過程 ===&lt;br /&gt;
心理学では、認識とは、心的な過程のひとつで、外界から得た情報が[[意味]]づけされた上で[[意識]]に上ることを言う。ここで、外界からの情報が[[知覚]]である。これは、身体からの信号である[[感覚]]をもとに構成されたものとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この知覚に対して意味づけを行う過程には知性的能力（[[理性]]・悟性）や知識が介在し、同じ対象に対しても個人ごとに同じ認識をしているとは限らない。&amp;lt;!-- 認識の形式や仕方、認識される対象を主に[[哲学]]・心理学視点から研究する分野が[[認識論]]である。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで、知覚していることは必ずしも認識していることを意味しない。いわゆる、「見ている」と「見えている」の違いである。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
感覚能力の座は感覚器官であり、従ってこのための器官を備えた動物や機械は少なくともこのレヴェルにおける認識能力をもつ、と考えてよい。感覚器官によって与えられる認識は[[知覚]]にある。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
現在、一般に知性的能力の座は[[脳]]と考えられている。しかし、知性的能力、特に理性に関しては純粋に精神的（＝物質に依存しない）能力と考える立場もある。但しこの立場への論駁は実証的には不可能である。とはいえ、知性的能力が脳に依存するという立場をとってさえも、ただ脳を持ちさえすれば理性的認識が可能であると考えられるわけではない。脳もつ存在者と理性的存在者とのこのギャップから、理性的認識能力の有無を人間と他の存在を分ける指標とする考え方が根強くある。知性的能力によって与えられる認識は理解、直観あるいは推論にある。&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
わかりやすくまとめれば「在るものを在ると知る働き」が認識である。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
感性・知性の別は認識の対象とその認識の仕方の別に存する。&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
また、認識はそれだけではブラックボックスで、行動・[[発話]]などの出力行為によってのみ客観的に確認できるものである。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
（例えば、私の眼前にモニタが在ることが認識されるのは視覚の働きによってである。私が後ろを向いている間もやはりモニタは在るだろうという認識は知性の能力によるのであって視覚の働きではない。）&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
==情報工学でいう「認識」==&lt;br /&gt;
[[情報工学]]においては、外部から得られたデータをもとに、その中から意味のある対象を感覚器官で見たもの、聞いたものを意味づけする過程のことを認識と呼ぶ。例えば、画像データの中からヒトを見つけ出し、それがヒトであるというデータを生成するような技術のことであり、このように自然情報から対象を拾い出す処理は特に[[パターン認識]]と呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
パターン認識は[[生体認証]]、[[光学文字認識|OCR]]、[[音声認識]]など様々な分野への応用が実用化されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*粟田賢三・古在由重編『岩波哲学小事典』岩波書店、1979 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[哲学]] - [[認識論]]&lt;br /&gt;
* [[観念論]] - [[実在論]] - [[主観]] - [[客観]]&lt;br /&gt;
* [[直観]] - [[感性]] - [[理性]] - [[知性]]&lt;br /&gt;
* [[心理学]] - [[認知]] - [[思考]] - [[経験]]&lt;br /&gt;
* [[知覚]] - [[記憶]] - [[理解]] - [[学習]]&lt;br /&gt;
* [[認知科学]]&lt;br /&gt;
* 弁別 - [[丁度可知差異]]&lt;br /&gt;
* [[美意識]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:にんしき}}&lt;br /&gt;
[[Category:認識|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:哲学の主題]]&lt;br /&gt;
[[Category:思考]]&lt;br /&gt;
[[Category:心理学]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>田舎の西北</name></author>	</entry>

	</feed>