Back number (アンサイクロペディア)

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back number(バックナンバー)とは、Mr.Childrenの猿真似集団である。

概要[編集]

一見すると、ポップ・ロックのサウンド、ボーカルのワンマンバンドである点、プロデューサーとして小林武史を奴隷として従えている点、歌う際に顔をありえないほどくしゃくしゃにする点など、ミスチルとの共通点は多い。実際、このバンドのボーカル清水依与吏は、ミスチルから影響を受けていることを公言している。

しかし、実態は無惨だ。 彼らは、ミスチルの醍醐味である「哲学」や、「社会風刺」といった高度な要素を完全に放棄した。 その代わりに、恋愛、特に「モテない男の哀愁と未練」のみに全ステータスを振ったのである。 つまり、彼らは「ミスチル風の気持ち悪いバンド」であり、「廉価版ジェネリックバンド」であり、完全なる「下位互換」なのである。

顧客層[編集]

彼らの歌詞は、一見すると陰キャチー牛男性の代弁をしている。そのため、男性人気が高いかと思われていた。実際、本人らも当初はそのつもりでマーケティングしていた。ルックスも特別アイドルらしい清潔感があるわけでもなく、本人らは女だけに受けようとなんて全く考えていなかったはずだ。

しかし、現実は非情。男で「back numberファン」を公言する者は、マジで1人もいない。代わりにそこにいるのは、女子中高生、大学生、OLといった、女性ファンの大群である。では、なぜ「モテない男の哀愁」が男には受けず、代わりに女には受けるのだろうか?

男に受けない理由[編集]

男はミスチルで間に合ってる説
そもそも、男はミスチルを聴いていれば十分なのである。ミスチルは「失恋」も「人生」も「哲学」も「エロ」も全て歌ってくれる。なぜわざわざ、ラインナップから「哲学」と「社会性」を抜き去った廉価版を聴かねばならないのか。オリジナルがいるのに、ジェネリックを選ぶ理由は皆無だ。
歌詞が「リアル」すぎて痛い説
男が音楽に求める「哀愁」とは、ミスチルの「Over」や「マシンガンをぶっ放せ」のような、カッコいい未練や破滅的なカッコよさである。 しかし、back numberが提示する「哀愁」は、ガチの「未練」であり、「嫉妬」であり、「ストーカー」である。「真夏の空の下で震えながら君のことを考えます」(高嶺の花子さん) …などという、陰湿かつ具体的な歌詞を、男はわざわざ金を払ってまで聴きたくない。それは音楽ではなく、自分が過去に書いた痛いポエムを読み返される拷問に等しい。
女ウケ狙いがバレバレで寒い説
男は本能的に見抜いている。これは男のための歌ではない、と。 これは、「こんなウジウジした僕でも、君は好きでいてくれるよね?」という、女の母性本能に媚びを売るための、計算され尽くした「モテるための道具」である。その下心が透けて見えるため、同性からは最大の侮蔑の対象となる。

女に受ける理由[編集]

「カワイイ」対象としての消費説
女性は、あの歌詞を自分に投影して聴いていない。彼女たちは、清水依与吏という「モテない男」が、自分のためにウジウジと悩んでいる姿を、安全な場所から観察し、「カワイイ」と消費しているのである。 彼女たちにとって、清水依与吏は恋愛対象ではなく、雨の日に捨てられた子犬に近い。
安全な「非モテ男性」疑似体験説
彼女たちは、現実の「非モテ男性」や「ストーカー」に遭遇したいわけではない。絶対に嫌だ。 しかし、back numberの楽曲は、彼らの歪んだ執着心を、美しいメロディと小林武史風のアレンジでコーティングしてくれる。これにより、女性は「ストーカー」の恐怖を感じることなく、「一途な想い」だけを安全に摂取できる。動物園の檻の中の猛獣を眺めるのと同じ心理である。
自己肯定感の充填説
結局、これである。 女性がこのバンドを聴くと、「私って、こんなに男を狂わせるほど、イイ女なんだ…」と、強烈な自己肯定感を得ることができる。彼らの音楽は、女性にとって最高の美容液なのである。

カラオケ[編集]

カラオケの現場では奇妙なねじれが発生している。 男は、back numberを好かない。しかし、歌う。逆説的だが、これは真実である。

カラオケで若い男がback numberを歌っている場面に遭遇したら、注意が必要だ。彼は好きだから歌っているのではない。女から「モテる」ために歌っているのである。 彼の心の中では、本当はOfficial髭男dismの「宿命」やVaundyの「タイムパラドックス」、もしかすればミスチルの「終わりなき旅」や、B'zの「ALONE」が鳴り響いている。しかし、女性ウケという打算のために、彼は奥歯を食いしばり、血の涙を流しながら、この恋愛未練タラタラバンドの曲を、やむなく熱唱しているのである。これは歌唱ではなく、現代社会における男の「接待」であり「自己犠牲」である。

アニソン忌避[編集]

同じ「B」から始まるBUMP OF CHICKEN(こちらはミスチルと事務所が同じだが、猿真似ではまったくない)とは、対照的な戦略をとっている。 BUMPは、『SPY×FAMILY』『僕のヒーローアカデミア』など、積極的にアニソンを担当し、さらには綾波レイへの愛を非公式に叫ぶなど、オタク層の男性ファンをガッチリと掴んだ。逆にこっちはアニソンをやりすぎではなかろうか。結構ベテランなのに。

一方、back numberは、かたくなにアニソンをやりたがらない。 唯一担当したのは『ルドルフとイッパイアッテナ』という、毒にも薬にもならないB級3DCGアニメの主題歌のみである。なぜか。

「アーティスト」気取り
彼らは、どっぷりミスチル世代のため、トレンディドラマで売れた90年代の夢を見ている。「アーティストたるもの、アニソン(オタク向け)ではなく、月9で売れるべき」という、小林武史が注入したとしか思えない古い価値観に縛られている。
ファン層への配慮
彼らの顧客は女性である。もし彼らがガチのバトルアニメや萌えアニメの主題歌を担当すれば、大事な顧客がドン引きし、ファンを辞めてしまうことを恐れている。彼らは、自らが歌ってきた「チー牛男性」=オタク層を、自ら切り捨てているのである。卑劣である。

一方のミスチルもかつてはアニソンを忌避していたが、近年はその思考を完全に改めている。

主な曲[編集]

水平線
このバンドには珍しい、非・ラブソング。メロディセンスはミスチルの「終わりなき旅」の下位互換。全体的に感動的な雰囲気を醸し出しているが、サビの歌詞を要約すると「夢が叶わなかった人間がいるからこそ、今ここにいない誰かの幸せが証明される」という、「人の不幸は蜜の味」をオブラートに包んだ、最低最悪の偽善ソングである。
高嶺の花子さん
ろくに話したこともない女性に対し、「君の彼氏は君より年上で洋楽好きな人だ」「頭を撫でられ君が笑います」と一方的な妄想を垂れ流す。男はとても聴いていられない。音楽の皮を被った迷惑防止条例違反。
クリスマスソング
山下達郎の金字塔「クリスマス・イブ」に対抗するためにリリースしたクリスマスナンバー。しかし、歌唱難易度がこいつらの曲の中でもやけに高く、カラオケで挑戦した男たちを惨めな音痴へと突き落とす「モテ殺し」の曲である。歌詞はあからさまに普遍性が皆無で技巧もなく、「君が好きだ」「会いたい」「カップルへの嫉妬」に終始しており、忘れ去られるのもそう長くないだろう。
瞬き(まばたき)
クリスマスソングのマイナーチェンジ版。「幸せとは〜♪」と、柄にもなく「哲学」に手を出そうとした曲。ミスチルの「Simple」や「しるし」を目指したのが見え見えだが、結局は「君がいるから幸せ」という、いつもの恋愛脳に着地する。浅い。ちなみに「幸せ」という曲もある。紛らわしい。どっちかにしろ。

結論[編集]

長々と書いてきたが、結論は一つである。まあ、こいつらを聴くならミスチルを聴いたほうがいい。back numberは、ノンアルコールビールであり、デカフェのコーヒーである。それはミスチルに似ているが、本質的な成分が決定的に欠けている。これだけは、揺るがぬ事実である。

関連項目[編集]

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